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 北九州市障害福祉情報センター > ひこうせん未来 > 103号(最新号) > 

団体紹介vol.2 みち企画(障害者グループ)

情報誌「ひこうせん未来」

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団体紹介vol.2 みち企画(障害者グループ) 

 みなさんは『語り部』という言葉をご存知ですか?

 その昔、学校はなく寺子屋なども十分でなかった時代に、村々に伝わる伝説やしきたりなどを村人や旅で立ち寄った人たちに話を聞かせる『語り』が始まりで、その後、これを職業とし、全国に伝わる民謡や昔話を語って歩く『語り部』が生まれたそうです。
 今回ご紹介するのは、語りや書道、絵画、切り絵など、障害のある人の芸術・文化活動を行う団体『みち企画』です。
 団体代表の佐藤拓也さんにお話しを聞いてきました。佐藤さんは、電動車いすユーザーです。


― 佐藤さんと芸術の出会いについて教えてください ―
 誰にでも得意な事や、夢中になれる事があるはずです。僕の場合は、幼い頃から絵でした。両手が動かないから絵筆を口にくわえて描いていました。20歳から油絵を習い絵描きの夢を追っかけていましたが、30代で首を痛めて描けなくなり、生きがいを失って落ち込んでいたところ、語りに出会い語り部教室に通うことになりました。
 今は、首に負担がかからないように水彩画を描いています。かれこれ40年以上。年齢がばれ

ちゃいますね。僕の作品は「口と足で描く芸術家協会」に所属しているので、こちらで検索してみてください。

 

― 「みち企画」を作ろうと思ったきっかけは何ですか ―
 ある語り部コンクールでグランプリを受賞することができたのです。それが、話題になり、北九州市内の小中学校から依頼を受けて語りを披露して廻ってました。その時、思ったのです。「自分と同じ様に芸術文化活動をやっている仲間達はどうしているんだろうと」。
 そこで語り部教室を終えたメンバーで「語りっ子」というサークルを結成しました。でも、ただ練習に明け暮れるばかりではやる気もおきません。それで発表の場を求めて東部福祉会館で初ライブを行ったのです。この時の感動が、「みち企画」を作るきっかけになっているのは間違いありません。

 

― 「みち企画」とは、どのような団体ですか ―
 初めは語り部サークルの延長でしたが、様々な芸術分野で活躍するメンバーが集まってきました。障害があっても「自分が輝ける道」「未知の力を発揮できる場所の提供」。このコンセプトから平成22年「みち企画」が発足しました。

 それから、語り部メンバーの発表会や「匠(たくみ)三人展」という絵画、書道、切り絵の展示即売会を開催してきました。また、語りの幅を広げようと落語にも挑戦しました。山椒家小粒さんから指導を受け、夢追家みち介という高座名をいただいて落語教室をしたり寄席に
出演したりしていました。

 

― 障害のある人にとって芸術・文化活動とは ―
 僕たち「みち企画」に参加しているメンバーのレベルは高いと思っています。それは、障害があるからこの程度でいいやと思われたくないからです。僕の回りに芸術活動に打ち込んでいる障害者が沢山いるけれど、発表する場がなければ埋もれてしまう。また、発表の場があることで良い作品が生まれるのです。

 聴覚障害の人が落語をしたいと挑戦してきました。部屋に引きこもっている人が、自らの作品を通じて人と話せるようになりました。芸術は、その人の生きがいにもなり、社会の架け橋にもなると思っています。


― この夏にイベントを計画しているようですが ―
 世界を見れば至る処で争いが勃発し、幼い命が喪われています。平和について考えた時「あの原爆は、北九州に落とされるものだった。僕が語りで長崎の悲惨さを伝えたい」と言う衝動にかられました。この思いを話していたら賛同してくださる方が集まり、みち企画の主催で公演会を開催することとなりました。
 令和8年8月9日(長崎原爆の日)リバーウォーク、J-COM劇場小劇場で、『縁―えにし― 』語り・朗読・芝居で繋ぐ平和への襷(たすき)を行います。

よろしければご来場ください。


聞き手 宮﨑 浩

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